この回顧録って時系列に則ってないから読み難いでしょ?何しろ傍にいた12年ほどの出来事を、思い出した順に片端から書いておりますもので・・・ごめんなさい。
そんなわけで今回も入門当初のおはなし。
好江宅は玄関の引き戸をガラガラッと開けると正面に居間、右手に二階へ上がる階段、左手にお義母さんの部屋を兼ねた仏間がありました。
弟子は毎朝好江宅へ行くと、玄関を入った所で「おはようございます!」(ここは元気よく)
家へ上がって仏間のお義母さんに「おはようございますっ!!」(お耳が遠かったのでここはゆっくり大きな声で)
そして、居間にいる好江に「おはようございます。」(ここは落ち着いた小さな声で)
と、必ず三度挨拶をします。入りたての頃勝手がわからず、お義母さんへのご挨拶を怠ってしまった時好江に
「お義母さんに挨拶しなさい!あんたにとっちゃ師匠でも、この家じゃあたしゃ嫁なの。お義母さんの方が偉いんだから!」
と叱られた事がありました。
話しを戻します。
この三度の挨拶の内、一番重要なのはもちろん三度目の『好江への挨拶』です。でもそれは“師匠だから”などという一般的な理由ではありません。では一体、何が重要か?
それは、こちらの挨拶に対して好江が示す『三種類の反応』を見極める事です!!
その三種類とは・・・
①こっちを向いて「ご苦労さん。」
※ご機嫌良好です。こんな日は平和に過ごせます。(年に一~二回)
②こっちをむかずに「ご苦労さん。」
※通常。こちらがしでかさない限り鬼にはなりません。
③こっちを向かずに小さな声で「はい。」
※すでに鬼。何があったか知りませんが朝っぱらからすでに鬼。
普段なら地雷を回避する事もできますが、③の日は無理!!地雷の方が飛んで来ます。
これは、そんな③の日の出来事です。
その日は何しろ機嫌が悪うございました。『こんな日は呼吸すらも内輪に』と考え、黙々と弟子の勤めを遂行し、何とか無事に仕事場へ辿り着きました。筆者がホッとしていると好江が、「あんた何しに来てんの?」
あまりに突然の質問だったので、思わず 「はい?」
ブッブーッ!!これ絶対にアウトのやつーっ!!
好江は訊き返される事を大変嫌いました。
「はい?じゃないの!何になりたくてうちへ来たのかって訊いてんのよ!!
そうやって鞄持ってくっ付いて歩くために来たの?違うんだろ?漫才になりたくて来たんじゃないの?」
「そうです。」
「だったら何か喋んなさいよ!!
あんた今朝、家来てからここへ来るまでの間、挨拶以外ひとっ言も口きいてないよ!!
そんなんでどうやって漫才すんのよ!
漫才になりたいんなら何か喋りなさいっ!!」
もう・・・泣きそうですよ。泣かなかったけど。
何か喋れったって向こうは九つから漫才やってる怪物ですよ。
そもそも当時の筆者は好江に相対する時、恐怖と緊張と恐怖と恐怖、この四つしか感じておりませんでしたし。
「ほら見なさい。こういう時に喋る事が無いんだろ?
ポ~ッと電車に乗ってんじゃないの。ボケッと街を歩ってんじゃないの。
周りに興味を持ちなさい。何にでも疑問を持ちなさい。
気になったら調べなさい。調べたら憶えときなさい。いつか何かの役に立つんだから。」
好江のこの言葉は今でも筆者の漫才の根底に流れています。
よく『人の心に残る事を言おう』『含蓄のある事を言おう』そう思い過ぎて結果、「は?」としか思われない人がいますが、何十年を経ても糧となる言葉を、好江はこうした日常の中で、決して飾り立てた言葉を遣わずに教えてくれました。
そして好江はこう言いました。
「あたし一人を楽しませられなくて、どうしてお客さん楽しませんのよ。」
今から十年ほど前、志ん朝一門高弟の古今亭志ん橋師匠にこの話しをした時、
「へぇ好江先生もそう言ったの!俺も前座の時分に全く同じ事うちの師匠に言われた!」
・・・どこの師匠も同じような小言を言うんですね。
どっかに小言の参考書でもあんのかなぁ?
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