糸道(いとみち)という言葉があります。
いろいろな意味があるようですが、好江や筆者が後にお世話になる長唄の岡安喜久四郎師匠は『三味線道(しゃみせんどう)』という意味合いでも遣っていました。
18歳の時、好江に三味線のお稽古をお願いしました。すると、
「あたしのは漫才の三味線だから駄目だよ。本気でやるんなら漫才の三味線なんかで糸道つけちゃ駄目。三味線の大本は長唄だから、長唄のお師匠さんのとこ行かなきゃ駄目。」
数日後、仕事の帰りに浅草でお稽古に必要なもの全てを好江が買い揃えてくれて向かった先は、稲荷町にお住まいだった岡安喜久四郎師匠のお宅。喜久四郎師匠は好江が娘時分に“糸道をつけて頂いた”杵屋十茂春師匠(男名前だけど女性です)の息子さんでした。
何が何やら解らぬ内に、師匠会談で筆者の“稽古方針”が決定。最後に好江が「じゃあ、来週から寄越しますからお願いします。それからコレ。」と言って封筒状の袋を喜久四郎師匠に渡すと「こりゃお心遣いを。」と一礼しお納めになりました。明らかに現金である事は間違いありませんが、18歳の少年には渡す意味が“?”でした。『わからない事は訊きなさい』と言われておりましたので、お師匠さん宅を出てすぐに訊ねると、
「お膝付きだよ。」
・・・オヒザ?生まれて初めて出会った日本語でした。
「膝付きってのは、これからお世話になりますっていう御挨拶料の事なの。最近の子は膝付きも知らないのかねぇ・・・無駄に学校行ってんだね~」
学校じゃ教えません!
そんなの教えません!
そのかわり工業高校だったからカンナやノミの刃を研げます。凄まじく下手だけど。
三味線の稽古って学校の授業なんかとは全然違うんですよ。師弟一対一のお稽古です。
喜久四郎師匠の所ではまず、唄の稽古を30分ほど、三味線の稽古を一時間、合わせて一時間半のお稽古を週二回つけて頂きました。
・・・と言ってもこれはある程度出来るようになってからの事で、初めの内は三味線の持ち方や調子合わせ(調弦)そして手元を見ずに一、二、三の糸を弾き分けるお稽古です。
慣れない動作でしょ?無駄に力が入り過ぎて筋肉痛になって、朝ふとんから起き上がれない事もありました。
いきなり長唄ではなく、親しみのある“さくら”や“お江戸日本橋”“一つとや”等が弾けるようになってからいよいよ長唄へ。初めての長唄は“長き夜”でしたね。続いて“黒髪”“小鍛冶”“五郎時致”そして“松の緑”に入る頃にはお稽古に上がって半年ほど経っていたでしょうか。喜久四郎師匠からは「キミは覚えがいいけど、覚えのいい人は忘れるのも早いから気を付けなさい。」とご注意を頂きました。正に仰る通り!今なんか自分で考えたネタまで抜けて行きますもの。
喜久四郎師匠からお褒め頂いた事とご注意頂いた事を好江に伝えたところ、
「えっ!?松の緑っ!?
半年も経ってんのにまだ松の緑やってんのっ!?
遅過ぎるよあんたっ!!
あたしなんかお稽古へ上がって
ひと月で越後獅子と道成寺と勧進帳上げたよ!
居眠りしながら稽古してんじゃないのかいあんたは!!」
・・・好江の両親は“荒川小芳・林家染寿”という夫婦漫才でした。
昔の芸人ですから当然、音曲も達者だったそうです。そんな両親の元に生まれ物心ついた時分から楽屋が遊び場、子守唄代わりに三味線・太鼓を聴いていた人と、町工場の二階でボケ~ッと育った筆者、並べて語るの、不利じゃありません?
でもね、そんな理屈が通じる人じゃないんです。どうせ言ったところで
「あたしがやれって言ったわけじゃないよ。あんたがやりたいって言ったんだろ?言ったんだったらやりなさい!」これで終了です。
ちなみに、18でお稽古に上がった筆者ですが、道成寺(正式には京鹿子娘道成寺)を上げて頂いた頃には20歳を過ぎておりました。
やっぱりちょっと遅いかな・・・
笑組と同門(志ん朝一門)の大先輩に、松旭斎美智お姉様と仰る奇術の先生がいらっしゃいます。(どのぐらいベテランかは色々と問題がありますので差し控えます)
そして、寄席色物の大先輩に柳家小菊師匠と仰る俗曲の師匠がいらっしゃいます(どのぐらいベテランかは色々と問題がありますので差し控えます)
10年ほど前になりましょうか。志ん朝一門会で美智姐とご一緒させて頂く事になりました。会の一ヶ月ほど前、寄席でお姐さんにお目にかかった時の事です。毎度手品ばかりじゃお客様が飽きちゃうから、今度は踊る、と。大変踊りが巧みな方なので賛成すると、当日の踊りの段取りを教えてくださいました。
「まずね、なすかぼ(茄子と南瓜)を踊るの。
それで帰ろうとするとお囃子さんが奴さんを弾き始めんのよ。
で、仕方なくあたしが奴さんを踊り始めたら、急に深川に変わっちゃうの!
この深川が寝ながら弾いてんのか!ってぐらい遅く、ゆ~っくり弾いてもらうの。
それであたしが『こんな遅いんじゃ踊れない!』って文句言うと
今度は物凄い早さでかっぽれを弾いて、その早間のかっぽれを踊り切るの。
これ前にもやったんだけどウケんのよ~」
三味線には“調子”と呼ばれるものがあります。
音階とでも申しましょうか。
お姐さんが仰った唄を調子で書きますと、
なすかぼ→本調子
奴さん→二上り
深川→三下り
かっぽれ→二上り
と、こうなります。お囃子さんは弾きながら左手でねじを締めたり緩めたり、何しろ『一音で』調子を変えなきゃなりません。曲を止めたらシラけちゃいますからね。至難の技です。なるべく早い内にお囃子さんと打ち合わせをなさった方がいいですよと申し上げると、
「何言ってんのよ!あんたが弾くのよ!!」
「ボクがやるんですか~っ!?」
「だからあんたに言ってんじゃないの!!」
「無理ですよ~!」
「何言ってんのよ!小菊はやったわよ!!」
「小菊お師匠さんはプロじゃねーかーっ!!」
なんて事は思っていても言えません。言えばヤモリやヒキガエルに変えられてしまいますもの。
それから一ヶ月、必死にお稽古しました。爬虫類になりたくない一心で。
で、いよいよ当日。正直言ってもう漫才なんか上の空でしたね、あの日は。美智姐のお出番はトリの前。二つ三つ簡単な手品をなさってから、今日は寄席の踊りを、と・・・
これがねぇ・・・ビックリするほど巧くいったのっ!!
高座後、お姐さんにお礼を申し上げると、
「ほら見なさい。やりゃ出来るじゃないの。」
お姐さんが課題を下さったお陰です。ありがとうございます。
この時、好江がいつも言っていた事を思い出しました。
「出来ないって言ってやらなけりゃ生涯できないまんまだよ!」
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