着付けのおはなし

今日は着付けのおはなし。
まず初めに、役者さんや歌い手さんといったスターの事はわかりませんが、着物で商売をしている芸人には“誰かに着せてもらってる”なんて人は一人もいません。かく言う筆者も着物で勤める時は自分で着ます。(安い着物。ツルシで買ったやつ。)
好江ももちろん、全て自分で着ました。当人もそれが一番心地良いのです。でもそれでは愚弟どもの為にならない、という事で仕込んで頂いたのでございます。
とは言うものの、いくら弟子とはいえ男が着物の中へ手を入れるというのはさすがに嫌だったんでしょう。それはさせませんでした。では、何をしたか?

一. 着物を着る時、順番通りにオプションを手渡す。
一. 帯を締める。

この二つです。「何だ。たったの二つか。」と思ったあなた。ご存知ないでしょ?内海好江の着物オプションを・・・  

内海好江着物オプション一覧
① 着物
② 長襦袢
③ 肌襦袢
④ 腰巻き
⑤ 胸当て用ガーゼタオル二枚
⑥ あんこ(胴巻き用帯状ガーゼタオル)
⑦ 紐三本
⑧ 伊達締め(幅広の織物の・・・要するに紐)三本
⑨ おとんこ(帯山を作る物)
⑩ 帯上げ
⑪ 帯締め
⑫ 腰ぶとん
⑬ 帯板
⑭ 帯
⑮ 足袋

多っ!! 

つい先日も、この文章を書くため相方氏に、「あのさ、師匠の着物オプションなんだけど」と確認したところ、言い終わらない内に、「紐が多過ぎるっ!!なんであんなに締めてたのか未だにわかんない!」と。同感です。

ちなみに筆者の場合、紐、一本しか使いません。女・男の違いがあれど、師匠、六本も使います。伊達締めに三本紐三本。厄介なのはこの“紐”なのでございます。
読者の皆さま、驚くなかれ・・・見た目普通の、何の変哲も違いも見当たらないこの三本の紐になんと・・・順番があるのです!!恐るべし!きものおにっ!!

違う紐を手渡そうものなら
「そりゃ最後に締める紐でしょうに!!初めはこの紐だよっ!!」
「え~同じじゃないんですか~?」なんて事は思っていても言えません。これでも筆者、見えてる地雷は踏まないタイプですので。

何度目かの失敗の時、ついに好江は“筆者の一番の問題点”を指摘しました。怒号で。
「あんた、たんびに間違うけどわかんなんだろ?わからないなら訊きなさいよっ!!
そうなのです。こんな幼稚園児並みの問題なのです。初めに訊いてしまえばそれでお互いに平和だったのです。好江は紐を手に取って教えてくれました。
「こっちの紐は古い紐。こっちの紐は新しい紐。古い方を内側に締めるの。訊きゃそれだけの事なんだよ。ほら、違いがわかるでしょ?」
「わ、わ、わかりませ~ん!」なんて事が果たして言えるでしょうか?あなたには。
筆者は言いましたよ~「はい。わかります。」
・・・しょーがないでしょ!怖いんだもんっ!!
そして後から必死に違いを探りました。それでわかりました。“古い方が柔らかい”。これで紐問題は解決です。次は伊達締めですが、これの順番は簡単なんです。三本の内一本は明らかに他の二本より1.5倍ほど幅広で、これは肌襦袢の上の“あんこ”に締めます。後の二本はどっちでもいい感じでした。長襦袢を着て紐で締めた後、伊達締め。着物を着て裾を踝ぐらいに合わせて腰に紐、お端折りをこさえてから最後の紐を締めてその上から伊達締めを巻きます。
・・・お気づきですか?
二本の伊達締めは、一度紐で締めた上から締めるんです。
これ、いる?」なんて事は思っていても言えませんでした。最期まで。
いよいよ帯を締めます。細かい手順は割愛させて頂きますが、紐を渡すだけで怒鳴られたぐらいですから帯を締めるとなれば・・・ご想像に難くないでしょ?でもなんとか手順は呑み込みましたので、後はまた好江が自分で締める時に小物を渡すだけの作業に戻りました。
「あたしゃ娘時分、座ぶとん丸めて帯を締める稽古したもんだよ。座ぶとんにちゃんと締められるようになってから、今度は自分に締める稽古をしたの。」師匠がそうしたのなら弟子だって!と筆者も同じ稽古をしました。
毎日稽古を重ねたある日、
「帯を締めさせて頂けますか?」と自分から申し出てみました。決死の覚悟。
「じゃやってみなさい。」と好江。
さぞ怒鳴られながらの作業になるであろうと思っていました。ところがこの日は終始穏やかな助言だけ。とりあえずお太鼓に結び終えると、鏡で形を確認して

かなり家で稽古して来たね?18やそこらの男の子がこれだけ締められりゃ大したもんだ。ただね、あたしは着物で商売をしてるから、あんたが締めてくれたこの帯では人前に出られないの。だから悪いけど締め直すよ。でも良くやった。ご苦労!

そうなんです。だから怒鳴らなかったんです。今どうか?ではなく、そこまでどうしたか?それによって接し方を変えていたように思います。
自分の憂さ晴らしに無闇やたらと怒鳴り散らす師匠もいらっしゃると伺いますが好江は違いましたね。

 時は流れて平成3年8月、笑組は初めて単独ライブを行ないました。この中で、昔の夫婦漫才のパロディを。相方氏はハゲヅラに牛乳ビンの底眼鏡にちょびヒゲ。楽しそうでしたね~31年一緒にいますけどあんなに楽しそうなあの人は見た事がありません。筆者は着物でしたがこの着物はテレビ局からお借りした、マジックテープで留めるだけの物でした。でも帯の方は寸法が合わず、母の帯を締める事になりました。そこで直前のネタを、舞台上には相方氏しか登場せず、筆者は声だけの出演というネタにしました。なぜなら、袖に置いたマイクで台詞を喋りながら帯を締めなければならないから!
当日『師匠参観』していた好江が終演後、楽屋へ来てスタッフの皆さんにお礼を言った後、
「さっきの帯、あんたの自分で締めたの?」
「はい!」こりゃお褒めの言葉が出るかと思いきや、
あんたの図体じゃお太鼓が小さ過ぎるよ!
絶対褒めね~っ!!

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