着物の鬼と過ごした小僧

 今なら目を瞑ってても出来る、と言ったらちょっと大袈裟ですが、当たり前に出来る着物をたたむという作業。これはもちろん十代の頃、好江に叩き込まれた仕事です。少年にとって着物などまるで未知の領域でした。ましてや0がいくつ付くのかわからない高価な着物です。それをたたむんです。マリアナ海溝の底を覗くのと大差ありません。

師匠の着物をたたむのには掟があります。
①触れる前には必ず石鹸で手を洗う。
②掌で触れない。
③畳に付けない。

 なんかグレムリンのようですがこの三つが鉄則でした。今でもね、ハッキリと憶えておりますよ。教わったあの日の事を・・・。
まず初めに、好江が左隣で説明しながらたたんでくれます。
そして二度目、もう一枚着物を出して来て好江の隣で見様見真似でたたみます。
三度目、好江の口から恐しい言葉が放たれました。

今度は独りでやってみなさい。

『エーッ!!ウッソーッ!』おののく筆者を尻目に正面へまわる好江。
想像してください。生まれて初めて独りで着物をたたむ少年。目の前には内海好江という名前の妖怪きものおに・・・失敗しないわけでないじゃないっすか!!

右の褄下(衿先から褄先の所)を持ってバッと広げると、
「そんなに広げんじゃないよ!観音様の境内でたたむんじゃないんだから!!」
こう書くと皆さんは「あ~好江さんは怒る時も面白い事言うんだ~」って思うでしょ?
あのね、こっちはそれどころじゃないの!怖いの!!必死なのっ!!
その後も、
「違う!」
「そこを引っ張りなさんなってぇの!」
「そこ持ち上げたらこっちが崩れるでしょうに!!」
「掌で触るなって言ったろ!!」
「もういっぺんやり直しっ!!」
・・・誠に建設的な怒号が飛び交う数日間でなんとか会得いたしました。今これを書いてるだけで、思い出して口カサカサです。内海好江の恐怖って文章じゃ伝わりません。尋常じゃないから。その怒声たるや部屋の空気も逃げ出します

あ。
たためるようになったからといって、それで安穏な日々が過ごせるわけじゃないんですよ。次の山は『手早さ』。一枚たたむのに五分もかけようものなら、また部屋の空気が逃げ出します。

いつだったかな?地方の仕事先で、筆者がたたむのにモタついていると、苛ついた好江に「もういいっ!!貸しなさいっ!!」と着物を取り上げられた事がありました。猛烈に悔しくてその日は家へ帰ってから脇にストップウォッチを置いて、夜中まで着物をたたみました。
でも『漫才するのにこんな事なんの役にも立たない』って事は一度も考えた事がありませんでしたね、不思議と。まぁ、考える余裕すら無かったんでしょうけど。好江はいつもこう言ってました。
「こんなの漫才となんの関係も無いって思うかもしれないけど、芸人ってものは知らなくて損するって事はいくらもあるけど知ってて損なことは何一つ無いの。そう思ってなんでも吸収しなさい。」

着物をたたむ思い出のお開きはこのおはなしを・・・
これは修行期間も済んで三年ほど経った頃の出来事です。
笑組はVシネマに出して頂いた事がありますが、役柄でお着物をお召しになる女優さんがいらしたんです。ある日の事スタイリストさんが「困ったな~」と言っているので、どうしたかのか訊ねると、「〇〇さんのお衣裳ってお着物でしょ?私たたみ方なんて知らないし、かといって丸めとくわけにもいかないし、どうしたらいいかと思って・・・」
「それじゃ教えてあげますよ!」という事で講習会が始まりました。
あ!もちろん優しく教えましたよ。筆者は弟子(すっきりソング・マコト)に教えた時も好江流ではなく優しく教えたぐらいですから。
ひと通り終えて気が付くと、周りの役者さん達が囲んでました。すると、中で一番年長の役者さんが仰いました。
「若いのに大したもんだね~(当時23才でした)そういうのは師匠の所で修行するの?俺達は東映の大部屋出身だから出来て当たり前だけど、小劇団出の若い連中は彼らに教わっといた方がいいぞ!」
後日、好江にその旨を報告すると、

ほら。無駄じゃなかったろ?

 ・・・あの時のチョイ笑顔の師匠、ちょっと可愛かったな。部屋の空気もちょっと暖かくなってました。
では、今週はこの辺で。

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